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プロフィール

ginnokokoro553

Author:ginnokokoro553
彫金アクセサリーを制作販売して
います。
心に残る1点を作りたいと日々奮闘中

2011年にわが家にやって来た雉猫
ミュウのことも描ています

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複雑 

その方たちを意識し出したのは1~2年前でした
遠くから、甲高いねこのような なぁ~~ん、なぁ~~んという声が近づいてきて過ぎて行く
毎朝同じくらいの時刻に聞こえたり、また来ない日もあった。それが二人連れの高齢者だと分ったのは、
偶然に外へでたとき向こうからやって来られたからだった。
一人は80~90代でもう一人は妹くらいの年代に見えた 

 


   イラストでは引っ張られているように描いてしまったけれど、実際は年配の方はもっと姿勢もしゃんとして
二人は腕を組み一足ごとになぁ~ん、と規則正しく声を上げながらざっくっざっくと歩いて行かれるのだった

それからも朝ではなく、お昼になったり夕方に聞こえることもあり、コースを変えるのか買い物に出かけた時にお見かけすることもあった
付き添い人も娘さんかと思われる人だったり、明らかにヘルパーと思われる人の時も

春も暑い夏も、帽子をかぶり歩いていらっしゃった。
あの方はああして、四六時中声を出しているのかしら。それとも散歩に出た時だけ、リズムよく なぁ~んなぁ~んと言うんだろうか
そして散歩から戻ったら家では穏やかになるんかしら。
なんだかいろいろ想像して、介護をされている家族の心境を思うと切なく、居たたまれなくなる

家の場合たまたま義父母は、ひどい認知症はなく物忘れくらいで徘徊や大声を出すこともしなかった。
夜も静かだったので介護といっても身の回りの世話くらいだったけど、それでも何年も経ってくると先の見えない介護が
しんどくて投げ出したくなったことも何度かあった。
しかし自分自身だってどんな高齢者になるか分らないし、いつ介護されるかまた
介護しなければならなくなるか分らない(母もいるし、ダンナも。老ヽ介護なんてこともある)
高齢者がどんどん増えてくると介護者も増える。明日は我が身である。

世界中の介護者の皆さん、どうか公私の助けを借りて倒れないように頑張り過ぎないように、乗り越えられますように!!

先日寒い中を行進しておられたのを見かけて、あぁ!お元気だったんだなと逞しさを感じ、同情と応援と・・
ともかくなんとも複雑な心持になったんです



2012. 01. 27. (Fri) 22:14  [雑記コメント:2  トラックバック:0

コメント














2. Re:我も行く道  


>麦茶さん

ほんまに明日は分りません
今日1日を大事に過ごすことですね

あの頃わたしを支えてくれたのは彫金とコーラスですよ。
もちろん家族が一番力になってくれたけど、ストレスの発散はお仕事でした
2012. 01. 28. (Sat) 22:47 銀のSIMA [編集]

1. 我も行く道  


まあ、考えてもしかたない。不安だけどみんな一緒。今が無事でも明日は分からない・・・

製作してるときが、何にも考えなくて幸せでしょう('-^*)/
2012. 01. 28. (Sat) 12:24 麦茶 [編集]

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